ご相談事例
- 最近、メンタルヘルス不調が疑われる従業員がいるが、どうしたらいいかよくわからない
- 従業員がうつ病になって労災だと言われている
- 従業員が上司からパワハラを受けてうつ病になったと主張している
- 従業員が休職することになった
- 休職した従業員が復職を希望しているが難しいのではないか
- メンタルヘルス不調の従業員への配慮や職場環境の調整をどうしたらいいか
- メンタルヘルス不調の従業員と契約を終了するときの留意点は何か
メンタルヘルス対策の重要性
昨今、労働者のメンタルヘルス不調が社会問題となっており、精神障害の労災申請件数・認定件数も増加傾向にあり、企業における対策が急務となっております。
他方において、このような問題に不慣れな経営者・管理者の対応のまずさから法的紛争が発生・悪化する例があり、企業には適切な対処が求められております。
企業が適切にメンタルヘルス対策をしていくことで、職場の活力の向上・職場環境の悪化防止・離職率や休職率の低下につながるとともに、損害賠償責任の回避・社会的信用の維持にもなるということがいえます。
メンタルヘルスの法律問題
1. メンタルヘルスの法律基礎知識
- (1) 使用者が従業員のメンタルヘルスに配慮しなければならないのは法律上の義務となっています。代表的な関連法令は次のとおりです。
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- 労働契約法五条
- 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
- 労働安全衛生法三条一項
- 事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。
- 労働安全衛生法(健康診断実施後の措置)六十六条の五
- 事業者は、前条の規定による医師又は歯科医師の意見を勘案し、その必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか、作業環境測定の実施、施設又は設備の設置又は整備、当該医師又は歯科医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会(中略)への報告その他の適切な措置を講じなければならない。
- 労働安全衛生法六十六条の十
- ストレスチェック義務化(50人未満の事業場は努力義務)
- (2) 使用者の労働者に対する安全・健康への配慮義務を認めた代表的な判例は次のとおりです。労働者が自ら配慮を申し出た場合でなくとも義務が生じうることに言及する下級審裁判例も存在します。
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- 安全配慮義務(最判昭和59.4.10労判429.12)
- 「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命・身体の危険から保護するよう配慮すべき義務」
- 増悪防止義務(神戸地裁姫路支部判平成7.7.31労判688.59など)
- 健康を害した労働者が健康を悪化させるおそれがあると認められるときは、「速やかに労働者を当該業務から離脱させて休養させるか、他の業務に配転させるなどの措置を執る契約上の義務を負い、それは労働者からの申し出の有無に関係なく使用者に課せられる」
また、上記のほか、メンタルヘルス不調の労働者に対する配転命令が病状の悪化を招いたとして不法行為責任に問われた事例(鳥取地判平成16.3.30労判877.74)も存在します。
- (3) メンタルヘルス対策に関連して、重要な行政の指針・手引きとして、次のものがありますので、これらを参考に対策を検討することが望まれます(厚生労働省のホームページで見ることができます。)。もっとも、小規模事業者においてはこれらの資料の記載のとおりに実施することが難しい場合もあろうかと思います。その場合には、別途専門家に相談等のうえ、できる限りの対策をしていく必要があります。
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- ① 労働者の心の健康の保持増進のための指針
- メンタルヘルス不調を未然に防止する「一次予防」、メンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な措置を行う「二次予防」及びメンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰の支援等を行う「三次予防」が円滑に行われるようにする必要があるとされたり、「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」並びに「事業場外資源によるケア」の4つのメンタルヘルスケアが継続的かつ計画的に行われるようにすることが重要であるとされており、具体的な対応策にも触れられています。
- ② 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援手引き
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第1ステップ 病気休業開始及び休業中のケア 第2ステップ 主治医による職場復帰可能の判断 第3ステップ 使用者による職場復帰の可否の判断及び職場復帰支援プランの作成 第4ステップ 最終的な職場復帰の決定 第5ステップ 職場復帰後のフォローアップ
2. 従業員のメンタルヘルス不調が疑われる場合の初期対応の留意点
- (1) 例えば、メンタルヘルス不調のサインとしては、次のようなものがあると言われています。
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- ① 身体的な症状によるサイン
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- 睡眠障害(早朝覚醒、寝つきが悪いなど)
- 食欲不振、胃腸症状、過食・過飲
- 動機、めまい、頭痛など
- ② 行動におけるサイン
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- 欠勤、遅刻、早退が増える(特に無断のもの)
- 残業・休日出勤
- 仕事の能率低下、ミスや事故が目立つ
- 不自然な言動が目立つ
- 会話に入らない
- 表情や動作に覇気がない
- 服装の乱れ、不潔
- イライラ・怒りっぽくなる
- (2) 従業員のメンタルヘルス不調が疑われる際に、経営者・管理者の対応の誤り・不慣れの結果として、従業員との信頼関係がうまく築かれないと、様々なトラブルを生じるおそれがあります。適切な接し方等について、専門家への相談や研修等によるスキルアップが望まれます。以下、代表的な留意点を示します。
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- [代表的な留意点]
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- ①
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業務上何が問題になって困っているか、問題となる具体的な事実・行動とその結果に着目して話を進めることが重要とされています(事例性と言われます。)。例えば、遅刻欠勤が増えた、●●のミスや事故が増えた、●●を指示どおりにできない、●●の能率の低下など。
その従業員が病気か否か、何の病気か(疾病性と言われます。)に着目した話については、経営者・管理者がすることによって、かえって信頼を失いかねないことと考えられています。本来的にも医療の専門家に委ねるべきことと考えられます。例えば、うつっぽい、統合失調症ではないか、おたくのご主人が精神的におかしいなど。 - ②
- 通常のビジネスにおける会話とは対照的に、従業員の話に丁寧に耳を傾けることは重要とされています。従業員が十分な安心感・信頼感を持つ前に、経営者・管理者が一方的にアドバイス・意見・反論・解決策の提示などをすることは効果的ではない場合が多いと考えられています。
- ③
- 精神科・心療内科にいきなり受診することに躊躇する従業員に対しては、例えば、メンタルヘルスに着目するよりも睡眠や食欲など身体の状態を聴いてみて受診を促したり、まずは内科などのかかりつけ医への受診からお願いしてみたりすることも考えられます。
- ④
- 使用者が従業員の健康問題に関与するのは、単なるおせっかいや私事への介入ではなく、安全配慮義務という法律上の義務の履行であるという共通認識を持つことも重要であるといえます。特に、就業規則や社内規程・社内文書においてメンタルヘルス問題の発生時のルールが明文化されていると、管理者や上司が説明・対処をしやすくなり、対象の従業員も納得しやすいために、組織全体が疲弊することを防止することにつながると考えられます。
- ⑤
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対象の従業員の同意を得ずに、従業員の家族や主治医などに連絡をしたり、これらの方から情報を得ようとしたり、会社が知り得た従業員の情報を開示したりすることはプライバシーの問題となりうるので注意が必要です(例外として、自傷他害のおそれがあり本人や周囲の生命身体を守るための緊急性があるときは別であるとされています。)。
他方において、日常から従業員の了解のもと、家族や主治医との連携を深めておくと、従業員の体調悪化時やトラブル発生時の対処に有効であると考えられます。
3. 受診・休職・復職・自然退職
- (1) 受診命令
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従業員が受診に応じないとき、合理的かつ相当な理由があると認められる場合には、就業規則等に具体的な定めがなくとも、使用者は、従業員に対し、受診命令を行うことができるとする裁判例があります。
もっとも、就業規則等に定めがある方が、実際の運用がスムーズであることは言うまでもありません。
- (2) 休職命令・休職制度
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私傷病休職制度:休職期間中の就労を免除し、病気の回復を待って解雇を猶予する制度と一般的に解釈されています。
→よって、休職を経ないでメンタルヘルス不調の従業員をいきなり解雇とすることは解雇権濫用(労契法16条)にあたり無効とされる可能性が高いとされています。
→また、メンタルヘルス不調者で勤務継続が困難なケースにおいては、「普通解雇・懲戒解雇」よりも、「休職→自然退職」が望ましいという見解が多いと考えられます。
休職命令については、使用者の安全配慮義務として、就業規則の定めが無くても可能とはされていますが、従業員との協議をスムーズにし、あるいは紛争を防止する観点では、就業規則の定めが重要であるといえます。
→もっとも、就業規則の定めが不十分である場合、休職命令の発令等に支障が生じうるため、適宜の見直しが望まれます(ex.欠勤が断続的なときなど)。
- (3) 復職の可否・自然退職
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復職の可否をめぐっては、多数の裁判例があり、使用者が復職を拒絶し従業員を退職として扱う際には、慎重な検討を要します。手続については、前述の厚生労働省の手引きが参考になります。
労働契約上、職種・職務の限定があるか否かで復職の可否の判断の厳しさが違ってきます。職種等の限定が無い場合には幅広く復職を検討する必要があります。
- 職種限定がないケースの最高裁判例(最判平成10年4月9日労判736.15・片山組事件)
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→本人の能力等、企業の規模、人事異動の実情や難易などに照らして、現実的に他の軽易な業務への配置の可能性がある場合には、当該労働者がその申し出をしていれば、復職の要件を満たすと考えられている。
→もともとの職務を完全に遂行できることが復職要件にはなっていない。
他方において、職種等の限定がある場合には、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復しているときには、復職を認めるべきであるとされています。
復職の可否の検討にあたっては、主治医や産業医の診断が重要であるとされていますが、主治医に関しては一般的に職務や職場の実情をよく知らないままに従業員の強い意向に沿って診断を行ったりする可能性があるとの問題点が指摘されており、他方において産業医に関しては一般的に専属ではなく外部の嘱託医であったりなどすると十分な活動が行われないまま意見が出される可能性があるとの問題点が指摘されています。したがって、法律の専門家への相談等を活用しつつ、個別のケースに照らして会社が慎重に決断していく必要があります。
4. 懲戒処分・解雇
懲戒事由や解雇事由に該当する具体的な事情やそれを裏付ける証拠があれば、法律上有効となり得ますが、その具体的な事象がメンタルヘルス不調に起因していると思われる場合などは使用者の方も適切に安全配慮義務を尽くしたか否かが争点となり得ます。また、精神的に不健康な従業員と法的に争うことは、他の事案と比較して紛争の激化を招きやすいと考えられ、一般的には、使用者の対応方針として、懲戒処分や解雇よりも、受診通院・(軽作業などへの)配転・休職・自然退職などの方針がより適切であるとの見解が多数であると考えられます。
5. 労災・使用者責任
- (1) 労災申請・認定
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前述までは、主に従業員が業務に起因しない私病としてメンタルヘルス不調を抱えている場合を念頭においた解説となっています。他方、パワハラ・セクハラ・いじめ・長時間労働など、業務に関連・起因して従業員がメンタルヘルス不調を発症・悪化させた場合や結果として自殺に至った場合には、労災として取り扱う必要があります。
メンタルヘルスに関する労災の認定基準については、厚生労働省の平成23年12月26日「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という詳細な判断基準があり、これに沿って検討を行うことが不可欠です。厚生労働省のホームページから確認することができます。対象の精神疾患が何であるか、長時間労働となる基準の時間数がどうなっているかなどが定められています。
労災申請については、会社が関与して行うことが通常であるものの、会社が手続の当事者となるものではなく、会社が労災の認定内容について不服申立てを行う法律上の権利はないものとされています。もし、パワハラ・セクハラ・いじめなどの事実関係や評価について従業員の申し出に疑問な点があれば、調査のうえ、労働基準監督署に対する回答・意見として会社の見解を述べることは考えられます。
また、私傷病と異なり疾病が労災となる場合、会社は、従業員の療養期間中の解雇(休職期間満了による自然退職もここでは同様に解釈されています。)が法律上制限されますので、注意が必要です。労災の可能性がある場合に、安易に解雇や休職期間満了による自然退職として後日、労災が認定されたことが判明すると、その間の賃金の支払を遡って行う必要が生じるリスクがあります。
- (2) 安全配慮義務違反・使用者責任
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前述のとおり、使用者は、従業員に対して、安全配慮義務を負っていますので、従業員のメンタルヘルス不調に関して会社の対応が安全配慮義務に違反すると判断された場合、損害賠償義務を負う可能性がありますので、注意が必要です。
そして、特に労災にあたる場合には、会社の安全配慮義務違反による損害賠償義務が肯定される可能性が高いということがいえます(他の従業員からのパワハラ・セクハラ・いじめなど加害者も従業員である場合には、会社は使用者責任の規定により、さらに損害賠償義務を肯定されやすくなっています。)。
当事務所における対応
当事務所では、長年にわたって様々な企業様から人事労務相談を受けメンタルヘルス問題に対応してきたほか、産業カウンセラー資格及び事業会社の取締役経験を有する弁護士が法律的観点はもちろんのことそれだけにとどまらない助言を心がけています。当事務所において取り扱うことのできる例は次のとおりです。
- 休職などメンタルヘルス不調に対応した就業規則その他各種社内規程の見直し
- メンタルヘルスの社内研修の実施
- メンタルヘルス不調者との対応(初期対応・休職・労災申請・復職・契約終了など)に関する継続的なご相談
- 関係者との面談・事情聴取の代行、記録化
- 弁護士間交渉・あっせん手続・労働審判・訴訟など紛争手続対応
弁護士費用
継続的な対応が望まれますので、基本的には顧問契約を締結のうえ進めていきます。月額3万3千円(消費税込)~が原則となっております。詳しくはご相談時にお尋ねください。